芝刈り機で足の骨を切断
インタビュー 主婦 長手氏
2009年6月、お庭の芝を刈ってる時に、芝刈り機で足の骨を切断。血管と神経も切れ、かろうじてふくらはぎの筋肉だけでつながっている状態で阪大病院に運ばれ緊急手術。1年間の病院でのリハビリと、1年間の鍼治療を行う。
交通事故による複雑骨折
インタビュー 石材タイルの施工業 道添氏
2009年9月、小雨の中、高速道路でタイヤが滑り、中央分離帯に激突。ボンネットがぐちゃぐちゃに潰れ、左足が挟まれる。大阪の病院に運ばれるが足は形を成しておらず、動脈も切れ、指もあっちこっちを向いている状態。右足も折れており、大腿骨、左腕尺骨も骨折。2年間の病院でのリハビリ。それから鍼治療。
――本日はよろしくお願いします。岡嶋先生は、東洋医学だけではなく、西洋医学も学ばれている鍼灸の世界では珍しい先生とお聞きしました。そしてお二人は、岡嶋先生が小西病院(大阪府豊中市にある、交通事故・労務災害などの緊急外傷に対応した救急病院)でリハビリ科の主任として西洋医学を学んでいた時に出会われたのですね。当時の状況をお聞かせ下さい。
長手氏: 事故の後、1ヵ月ほど阪大で入院していました。2回手術をしましたが、もう治らないなと感じていました。元のように歩けるようになるのは難しいと病院の先生からは言われていたので。骨がつくかどうかもわからない状態でした。その後、リハビリの為に小西病院に転院しました。
――そこで岡嶋先生と出会ったのですね。
長手氏: はい。頼りになりそうな先生だなと感じました。「大丈夫ですよ、歩けるようになりますから一緒に頑張っていきましょう!」と言ってくれたのは岡嶋先生が初めてでした。それまでは歩けるようになるのは難しい、としか言われてこなかったので。すごく嬉しかったです。「治します。」ではなくて「治るから一緒に頑張りましょう!」という言葉が。どん底にいた私に、光が射したような気分でした。
――その言葉は嬉しいですね。
長手氏: はい、勇気をもらいました。諦めていた私に希望が見えました。そう言われると欲も出てきて。女性ですから、ハイヒールも履きたいじゃないですか。初めは鬼先生と聞いていたのですが、全然鬼じゃなかったです!あ、こんなこと言ってよかったですか!?
――良いですよ!ありのままお話し下さい。
一同:笑
長手氏のレントゲン写真
岡嶋氏: 初めレントゲンが送られてきた時は、これはどうなってるの!?と思いましたよ(笑) 足はとりあえず脛骨(すねの内側の細長い骨)だけをつないでる状態。実は現在の医学としては、骨をくっつけるのにもう一度手術を行うというものでした。ただ、感染症の疑いがあり、もう一度手術を行って感染症になれば、足は切断。足を切断することは避けたかったので、手術をしないで足が動くようになるまで、僕の技術でリハビリで治療を行うことにしました。僕が病院を辞めてからは鍼で治療を行いました。鍼で切断された神経を刺激し、断裂している下腿の筋肉以外の筋肉を使い代償運動で補えるようにしました。しかし、病院での辛いリハビリによくついてきてくれましたね。
長手氏: はい。リハビリは辛かったですが、毎日頑張って通いました。
――道添さんはどんな感じでした?
岡嶋氏: 道添君はサイボーグの状態で小西病院にきたよね(笑)
――自力で歩けない状態ですか?捕らわれた宇宙人のような?
長手氏: そうそう!初めて会った時、びっくりしました(笑)
その時の状況を語る道添氏
道添氏: はい、あちこち骨折してたので(笑) 手術を繰り返して4か月後に小西病院に転院しました。そこでリハビリの責任者の岡嶋先生と会いました。それまで出会った全ての先生からは、快復の見込みがないと言われてました。私は仕事に復帰するつもりでしたので、杖では困るのです。
――お仕事上、石材などの重たいものを運びますよね?
道添氏: はい。ですので、それなら足を切り落として義足にしてもらおうと考えてました。
――足はどういう状態だったのですか?
道添氏のレントゲン写真
岡嶋氏: 左足は指がじゃんけんのグーをしている状態でした。それまでの病院としては、足を切断しないだけで御の字だった。でもこれでは歩けない。道添君に「先生、働けるようにしてくれ!」と言われたので、なんとかしようと思った。
――その見解は正しいのですか?
岡嶋氏: 正しいというか、それが精一杯だったと思います。でも、歩けないですよね、このままじゃ。でもそこで道添君に「先生、働けるようにしてくれ!」と言われてまして。
道添氏: そんなこと言ったね、俺(笑)
――良くなる見込みはあったのですか?
岡嶋氏: まだ骨が石灰化していなかったからね。僕の技術を持ってすればまだ間に合うと思った。少し時間はかかるけど、神経と筋肉をリハビリと鍼で少しずつ刺激しながら。切断をせずに足を正常に動くようにして、仕事に復帰させる自信はありましたよ。
――岡嶋先生が、鍼術院として独立してからは鍼での治療に変わったのですね?
岡嶋氏: はい、病院では鍼をうてないですから。もっと早く鍼がうてれば、あんな痛い思いをしなくてもよかったんですけどね(笑)
長手氏: そうなんですか!?病院でのリハビリは痛かったです~(泣)
道添氏: 先生、笑いながら指圧するもんね!悪魔かと思ったわ!(笑)
一同の笑いを誘う岡嶋氏
岡嶋氏: 僕が怖い顔でやったら、もっと怖いやろ!!(笑)
――指圧と鍼の違いは何ですか?
岡嶋氏: 整形のリハビリでは筋肉の癒着をはがすのですが、指圧は痛いです。鍼だと骨膜と筋肉の間を滑らすことができますから、痛みも少なく、より効果的です。
――鍼の方が効果的なのですね?
岡嶋氏: はい。患者さんの負担も少ないです。
――岡嶋先生と他の先生とは治療の目標設定が違うように感じるのですが、どうしてですか?
岡嶋氏: 僕の場合、体を触るとどれくらいまで快復するかだいたいわかるので、そこを目標にします。それとやはり西洋医学と東洋医学では違いが出ます。川で例えると、家の近くに川が流れていて、その水が汚い時にろ過して綺麗にしたものを使うのが西洋医学。川の上流に行き、掃除をして川に綺麗な水を流すのが東洋医学。東洋医学はいわゆる原因療法に特化しています。さらに僕の鍼治療は体全体を元に戻していくので、目に見える症状を治すだけでなく、まだ目に見えない病気予備軍も取り除きます。身体蘇生術という技術です。
――お2人の足は今はどんな感じですか?
再びハイヒールを履けたことを嬉しそうに語る
長手氏
長手氏: 岡嶋先生のおかげで、今は走って跳ねてできます。ハイヒールも履けますよ!初めは絶対にもう走れないと言われてたのに!
道添氏: 僕も仕事してます!重たい石も運んでますよ!
――本当ですか?凄いですね。岡嶋先生、どうしてそんなことが可能なのですか?
岡嶋氏: 僕は人間のもともと持っている力を引き出す技術を、僕は師匠から受け継いでいるので。
――人間の潜在的な力を引き出せば、治るという確信があったのですか?
岡嶋氏: はい。
――それは何%くらいの確率ですか?
治るという確信が100%あったと言う岡嶋氏
岡嶋氏: 100%です。100%じゃないと、治ると言いません。
最初に二人と出会った時、二人の腰を触ったの覚えてる?
長手、道添氏: あ、はい。
岡嶋氏: 腰を触ると生命力を計れるのですが、それでいけるな、と。
――お二人の潜在的な生命力が強かったわけですか?
岡嶋氏: そういうことです。あと、治療の中で、臍下丹田(へその下あたりにある丹田とよばれるところ。心身の精気の集まるところ)を鍛えました。二人は足でバランスがとれないので、臍下丹田でバランスをとれるようにしたのです。だから今は歩けるようになったのです。
――臍下丹田でバランスをとるとはどういう意味ですか?
岡嶋氏: 人間は足でバランスをとりがちですが、実は臍下丹田で体のバランスをとる方が、正しい体の使い方です。元々彼らも足でバランスをとっていたのですが、今の足だと歩けない。そこで本来の正しいところでバランスとれるよう、臍下丹田を鍛えました。ここを鍛えることで体の軸もできます。超一流のアスリートの体の使い方を見ると、臍下丹田がきっちりとできていますよ。今度、そこに注目してみてください。
――臍下丹田は誰でも鍛えることができるのですか?
岡嶋氏: 原理的には誰でも鍛えることは可能なのですが、実際的にそれをきっちりと指導できる人はなかなかいないので、リハビリ治療にそれを組み込むことは容易ではありません。
――岡嶋先生ならそれが可能なのでしょうか?
岡嶋氏: 可能です。その技術を師匠より、一子相伝で受け継いでいますから。
――最後にお二人に一言ずついただいてもいいですか?
長手氏: 本当に感謝しています。第二の人生を岡嶋先生がくれたというか。他の先生方にも感謝してます。だってみんなのおかげで岡嶋先生と出会えた訳ですから。昔はマイナス思考だったのですが、今は昨日よりも今日と、上を向けるようになりました。それも岡嶋先生のおかげなんです。本当にありがとうございました。
道添氏: 大袈裟かも知れませんが、岡嶋先生には人生を助けてもらったと思っています。岡嶋先生に出会えたことが、人生の最良の出来事でした。今でも月に一回は体を診てもらうのですが、毎回、前よりもいい状態になるのです。おかげで仕事をばりばりこなせています。ありがとうございます。
――ありがとうございました。
2016年9月16日 大阪堂島のボガーツカフェにて